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産業技術年表
北九州 官営八幡製鐵所、大量の高炉スラグの有効利用方法を日本で初めて開発し、高炉セメントの製造を開始。1907年の鉱滓れんが製造開始とともに、リサイクル社会の先駆となる。
1910年|生命・環境

高炉スラグは、高炉での鉄鋼精錬のときに、鉄鉱石から分離される不純物のことで、鉱滓(こうさい)とも呼ばれる。

スラグは約1500℃の溶融状態で溶銑(溶けた銑鉄)とともに高炉内を流れ下って湯だまりに至るが、比重が溶銑より小さいので上面に溜まる。そこで一定の時間ごとに出銑口をあけて湯だまりの中の溶銑を流し出すと、スラグもその上面に層をなして流れ出るため、せきを設けることでスラグと溶銑を分離し、溶銑は溶銑鍋へ、スラグは鉱滓鍋に落としている。スラグは、徐冷すれば玄武岩の如き結晶質の岩石となるため、これを廃棄処分するには多大の費用と労力を必要とした。このため従来はそのまま埋め立てに用いるか、破砕して道路路盤やコンクリート骨材として土木工事等に使用していた。   

1901年の八幡製鐵所創業開始以来、多量に発生する高炉スラグ(銑鉄1トン当り約300kg生成)の有効利用は大きな課題であった。高炉スラグの高度利用を図るためドイツの技術論文等の各種調査の結果、『溶融高炉スラグを高圧水流とともに水中に投じ、水で急冷すれば砂状でガラス質の高炉水滓(すいさい)となり、潜在水硬性(せんざいすいこうせい)を有するのでセメントの如く水と反応して硬化する』ことが分った。

八幡製鐵所副産部門の黒田泰造は、この水滓の潜在水硬性に着目し、1907年、水滓に石灰質を加え水を添加して加圧成型加工し硬化させて、日本で初めての「鉱滓(こうさい)れんが」を開発した。当初は天日乾燥したが、後には蒸気養生を行って製造した。黒田は「製鐵研究」に次のように記している。「その特長は焼かないため形はまことに正しくどんな形でも自由であるので人造石の如く装飾品に適する。しかも色は灰白色ではなはだ趣味がある」。鉱滓れんがは八幡製鐵所の第二期拡張工事の建設資材として用いられ、建設費用と工事費の節減に大いに貢献した。代表的建築物はルネッサンス調の八幡製鐵所二代目本事務所が有名であった。

さらに黒田は自らの発案により、日本で初めて「高炉セメント」も開発した。この名前は黒田が名づけたものであり、1910年に水滓を乾燥粉砕し、市販のポルトランドセメントと混合・粉砕してつくる高炉セメントの製造を開始した。更に国内の主要な帝国大学土木科、工業試験所に高炉セメントの強度を始め各種の品質試験と評価を頼んだ結果、高炉セメントの特徴である『初期強度はやや低いが、長期に亘り強度が伸びて発熱が低く、海水や化学抵抗性に優れている』という結果が得られた。この特性が建設業界に認知され、大正15年に内務省市街建築物法ではポルトランドセメントと同様にその使用が許可された。

この様に製銑時の厄介ものである高炉スラグを活用して高炉セメントが生まれたが、日本鉄鋼業の父 野呂景義は “製鐵事業の勝敗は、実に副産物の処理によって決まる。捨てるのに多くの費用を必要とするので、もしこれを有益に処理することができれば、一挙両得の良策である”と述べている。製鐵事業開始後、いち早く「鉱滓れんが」「高炉セメント」の製造に成功した意義は極めて大きく、日本における資源リサイクルの先駆的技術と言える。

参考文献
タイトル 著者・編者 発行年
北九州が先駆けた産業技術松尾宗次 
八幡製鐵所50年史八幡製鐵 
高炉セメントぷろむなーど新日鐵高炉社 
コンクリート工学ハンドブック近藤泰夫・坂静雄1969年
セメント・セッコウ・石灰ハンドブック無機マテリアル学界1995年
国民百科事典 第5巻 1977年
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